1回生と共に、太田中学校仮校舎時代から在職された先生方に、当時のご苦労や楽しかった思い出のコメントをいただきました。
まず、すぐに届いたのが 津田先生です。
昭和47年2月か3月に開校前の長田高校での入試準備頃あたりから勤務しました。最長の時効が2回も巡って来る(30年)ような旧いことで、よくは覚えていませんが、開校準備室が長田から太田中学に移ってからは雨が多く、確か入学式は大雨だったような記憶があります。
その後、何か行事があるごとに雨続きで、雨男(女)は誰かと職員室で噂し」あったものでした。
体育の授業はたった2面のテニスコートのみであまり使用できず、板宿の町を散歩と称して、走ってばかりだったような気がします。
時間になっても帰ってこないのも何人かおり、人数の確認ばかり。
遅かったものは『ゲンコツ』が当たり前ののんびりした時代でした。
一年経って「竜が山」に待望の新校舎が出来て、移ったのはいいが、グランドは土が柔らかくてちょっと雨が降ると足首までめり込むような状態でグランド整備ばかりの毎日で「作業着」を着ている方が多かった。校舎周りも柔らかく外部から来た車がめり込んで立ち往生することもしばしばでした。
中間考査の後、グランドにバレーコートを30面ぐらい作って、2日間かけて、準備から後かたづけまで全員参加のバレーボール大会を実施したり、体育祭の大きな入退場門を作るなど楽しくて充実した学校生活でした。